東北大学災害科学研究所が26年6月に発行した報告書「東日本大震災から見えてきたこと」で、興味深い記述を見つけました。中央防災会議が示した津波対策の指針に対して課題を提起した上で、「堤防の高さは柔軟に考えて、効率的な減災を図ることが必要」と指摘しているのです。さらに、粘り強い防潮堤の減災効果まで疑問視しています。津波対策に力を入れてきた東北大学は、宮城県や被災自治体へ影響力が大きいので、こうした思い切った研究報告に、私はかなり驚いています。
津波工学で有名な今村文彦さんが所長を務める災害科学研究所は、震災を契機に新設されました。この報告書は、来年3月に仙台市で開かれる国連防災世界会議に向けて制作したそうです。震災の教訓を、世界各国に生かしてもらうことが目的です。災害リスク軽減、効果的な対応のための研究成果を報告しています。
この報告の一つに、「2011年巨大津波による海岸堤防の破壊と復興」というテーマがあります。中央防災会議が示した津波をレベル1(避難度の高い津波)とレベル2(頻度の低い最大津波)に分けて対策をとる方針を説明しながら、「国費による防災事業は、災害の種別や地域に寄らず、公平で均衡が取れていること、さらに予算が効率的に使われることが大前提となる」とし、複数の問題点を挙げています。
国の指針を受け、宮城県は施設で守るべき津波の防御水準をレベル1津波の上限である約150年に設定したたことには、「後背地の人口や資産の蓄積を考えた場合に、治水事業に比べて過大防御である」と言及。その一方で、早急な方針提示が必要だったことに理解を示し、「現在は、堤防の高さに対して住民の多様な意見があり、それを検討する時間的な余裕もあることから、堤防の高さは柔軟に考えて、効率的な減災を図ることが必要である」とまとめています。
越流した津波から壊れにくくする「粘り強い海岸堤防」については、再現期間が1000年の津波に対して減災することになるため、「さらに吟味が必要である」と厳しい見方をしています。仙台平野において、津波が越流しても堤防が壊れずに残った場合の減災効果を研究した結果、津波を2分ほど遅くさせる効果はあるものの、「堤防が残存することにより、多くの場所で浸水深が増加する」というのです。さらに、レベル1津波とレベル2津波の差が大きい三陸海岸は、「堤防残存による減災効果はより小さくなる」とし、「中央防災会議専門委員会が期待した、粘り強い海岸堤防による減災効果は実現できない」と言い切ったのです。最後には、レベル2津波の減災効果を狙った堤防整備を国費で行うことに対し、「目的達成、防御水準、維持管理のいずれの面からも課題が多く、抜本的な見直しが必要である」と記述しています。
このレポートは、東北大学大学院の田島芳満准教授らが25年に公表した論文「越流を伴う巨大津波に対する海岸堤防の減災機能の検証」が元になっています。この論文では、山がちな沿岸部では「越流を許すような巨大津波が来襲した場合の減災効果はあまり期待できないため、粘り強さよりも堤防高を少しでも高くすることが優先させるべきである」と指摘しています。海岸堤防によって引き波時の排水が阻害され、浸水域が拡大する可能性も問題視し、「排水機能を損なわない海岸堤防の整備・開発が重要である」とまとめていました。条件によっては高い減災効果が得られることも説明しています。
私の見解を述べます。
東日本大震災の被災地はすでにレベル2津波の被害を受けており、それよりも小さいレベル1津波の浸水想定域にはほとんど家は残っていません。それでもレベル1津波に対応した堤防を造るのは、これから再建していく施設を100年前後の間隔で発生する大津波から守るためです。災害危険区域に指定されて今後も民家は建つ見込みがなく、レベル1津波の浸水域に守るべきものが少ない地域では、レベル2津波に対する減災効果を期待して話し合いが進められてきました。当然、レベル2津波でも壊れないということを信じての話し合いでした。もし、東北大の報告書にあるように、「(期待通りの)減災効果は実現できない」どころか、残った堤防が浸水域を拡大させるのならば、話し合いの前提が覆ってしまいます。実は、国内外から注目された小泉海岸は、堤防の位置をセットバックするとレベル2津波による被害拡大が心配されたことも一因となって、県の計画案を地元が受け入れました。工事入札が公告され、「計画変更は不可能」と判断していましたが、前提が異なるのなら違くなります。大谷、内湾などもレベル2津波と災害危険区域拡大の影響を懸念しながら話し合いが行われました。いろいろ気持ちを整理しながら防潮堤問題と向き合ってきましたが、もう一度、考えを整理し直さなければならなくなりました。週明けに確認を急ぎます。
※10月3日に続報を掲載しました。