土地収用に進めない理由気仙沼市唐桑町にある鮪立(しびたち)漁港の防潮堤は、所管する宮城県の判断によって計画の変更案が示されました。湾を囲むように延長約460mの防潮堤を整備する計画でしたが、およそ100m区間を無堤化する案です。「漁業とともに繁栄してきた地域の歴史や漁労文化、風景を可能な限り残したい」という一部の地権者らの意向を尊重しました。
■高さに続いて延長も変更
鮪立漁港は、防潮堤計画に対する議論が早くから活発化し、大学教授のサポートを受けて2013年に全戸アンケートも実施。9.9mの堤防高を支持している住民が35%しかいないことを明らかにし、気仙沼市にも計画見直しの支援を求めました。
その結果、道路と防潮堤の兼用堤、陸側へのセットバックが認められただけでなく、海底地形を反映した津波の再シミュレーションが行われました。堤防高を決めるユニット(地区の範囲)の特例も認められたことにより、2014年9月の説明会で堤防高が8.1mまで下げる方針が示され、住民側も防潮堤整備を受け入れました。経緯に関しては過去の記事にあります。
■守るべき対象だった民家が高台へ
ところが、防潮堤の位置と形状を詰めていく中で、一部の地権者らが計画の見直しを求めて声を上げたのです。レベル1津波の想定浸水域にあった民家が高台に移転したことで、防潮堤が不要と訴えました。防潮堤は、定置網漁を存続していく上で支障になることも問題視しました。
一方、鮪立自治会が設置した「みらい会」は、防潮堤の一部が無くなってしまうと、防潮堤の上に整備される市道の計画が変更されることを危惧しました。レベル1津波の襲来時でも安全に走行できる市道にするため、計画の見直しには慎重でした。みらい会が新たに実施したアンケートでも、7割以上の住民が2014年9月に同意した計画を支持したため、みらい会はその計画を基本に進めることを今年2月に県へ要望しました。
■地域は現行計画を支持も、県が「調整は限界」と判断
地域の意向と一部地権者の意向が異なるため、県は調整を続けてきましたが、「行政が間に入った調整は限界」と判断。今月12日に説明会を開き、一部地権者ら側の意向を尊重した見直し後の計画を示しました。
新たな計画では、西側の約100m区間は無堤化とし、東側から続く防潮堤(高さ海抜8.1m)を山付けします。県としては、変更した計画でもレベル1津波から人命や住家が守られ、避難可能なルートも確保されていることを認めたのです。
■結論は持ち越し
地域からは「仕方がない」という意見もありましたが、市道の一部がレベル1津波の浸水想定域を通ることから、地権者との交渉方法などについて質問が集中しました。地域としての回答は先送りし、あとで住民が集まって見直し計画を受け入れるかどうか判断することになりました。
なお、気仙沼市からは防潮堤計画の見直しによって、災害危険区域が0.1haほど拡大し、想定浸水高もわずかに高くなることが説明されました。山付けすることによって防潮堤の延長はさほど変わりませんが、越水してくるレベル2津波を受け入れる防潮堤背後地の容量が小さくなることが理由です。
↑ 計画見直しに伴う災害危険区域への影響
■他地区への影響は?土地収用に進めない理由
こうした防潮堤計画の変更はほかの地区でも起こり得るのでしょうか。
県が鮪立漁港の計画見直しに舵を切ったのは、地権者の意向があったからです。
防潮堤は土地収用法の対象となるため、計画に反対しても土地が強制的に収用されると思っている人が多いようですが、土地収用は簡単には進められません。
そもそも、土地収用には「3年・8割」のルールがあります。いくら公共のためとはいえ、土地所有者の権利はそれなりに守られなければなりません。土地収用の手続きを進めるためには、幅杭を打ってから「3年」が経過しているか、または用地買収が「8割」まで進んでいるかのどちらかが必要です。
つまり、計画が固まってから3年間交渉を続けたけどダメな場合、8割の地権者が協力しているのにあと2割だけ同意してくれない場合に、手続きに入れます。復興事業についてルールを緩和する方針も示されていますが、手続きに入ったとしても土地収用委員会の厳しいチェックがあります。代替案はないのか、説明を尽くしたのか、事業の効果などのチェックがあるのです。
鮪立漁港では、堤防高が決まった後、防潮堤の位置や形状について県が一部無堤化を含めた4つの案を示しています。代替案があるのに、土地収用は困難です。さらに、防潮堤が道路との兼用になっていて、地域が求めているのは防潮堤の機能というよりも道路の機能なので、強制的に進めていくのはより困難という事情があるものとみられます。
■結局は「守るべきもの」の有無
こうした状況を考えると、鮪立漁港以外でも、地権者がどうしても反対すれば、強制的に計画を進めることは困難といえます。ただし、代替案がどうしてもなくて住民の生命にかかわる場合は時間をかけてでも行政の責務として計画を実現させなければなりません。河川堤防の場合は対象地権者は多くても、海岸堤防の場合は大幅にセットバックしない限りは地権者は少なく、用地買収の必要がないところもあります。
先生、おはようございます。
今日は昨年成立した改正特区法成立を絡めた質問を、2つさせていただきます。
(「改正特区法成立 復興用地取得 迅速化へ-高台移転促進を期待」河北新報2014.4.24)
(「防潮堤、土地収用認める-釜石・片岸地区整備用地0.37㌶-被災3県、初の採決」河北新報2014.6.7)
(「山元町の収用認める-県委員会裁決 新市街地整備の0.6㌶」河北新報2015.1.21)
おおよそ想像通りではあったのですが、やはり昨年成立した改正特区法は、いくつかの適用例はあったものの、復興計画には、特に大きな事業になればなるほど、影響があまりないように見えます。
そこで質問があります。
先生の記事に、ほぼ答えが書いてあるかもしれませんが、おそらくは複数の地権者が共通した意見をもってしまうと、市町村レベルでは対応できずに県が主導権を握らざる負えず、計画を容易に実行できないという認識でよいのでしょうか。できれば、改正特区法を絡めたお答えを頂けないでしょうか。
もうひとつ、過去の記事に関連する津波シュミレーションについて。
石巻市門脇の例を見ればわかりやすいのですが、津波の動きは、天然の地形ファクターのみならず、ちょっとした人工物でも大きく変化します。
門脇地区・南浜地区は、隣地区での魚町にあった二つの防波堤が津波を押し返した分、余計に大パワーの津波を受けることになりました。
ここから見えることは、津波シュミレーションの確度の問題だけではなく、行政が海に何らかの土木建築物をつくるたびに、それが復興計画とは何の関係がなくても、災害危険区域の変更をしなければならないという事態が考えられます。
そのような事態に対する、先生のお考えをお聞かせください。時限的な仕組みを取り入れるのでしょうか。それとも災害危険区域を一定期間ごとに見直す仕組みを取り入れるのでしょうか。
答えにくい質問と思いますが、よろしくお願いします。
復興特区による土地収用法の特例についてですが、ご指摘の通り、計画に反対する地権者からの強制収容を推進する内容ではないようです。所有者不明、相続未処理、共有地への対応を念頭に置いています。
防潮堤でも、まずは任意の交渉が前提です。特例については国から詳細が示されているわけではなく、実際の運用は慎重にならざるを得ないからです。
河川堤防のように民有地が多数絡む計画は、場合によっては土地収用という選択肢があるかもしれません。しかし、リアス式海岸の海岸防潮堤は地権者が少なく、1人でも反対すれば相当な面積割合になります。計画変更への影響も大きく、説得できない可能性が高い場合はなるべく早く計画を修正することが求められます。
津波シミュレーションですが、気仙沼市は海岸線に防潮堤が計画通り整備されたことを前提に災害危険区域を指定しました。
防潮堤以外の構造物もそうですが、防潮堤の位置が変わっただけでも、シミュレーションの結果に影響します。市としてはいちいち変更できないため、計画がすべて固まった段階でシミュレーションを再度実施し、影響の大小を加味して災害危険区域の変更を検討することにしています。
これまでの例からすると、防潮堤のセットバックは背後の浸水深を引き上げる結果になっています。気仙沼湾は岩井崎側と大島瀬戸側から流入した津波がぶつかり、尾崎地区などの被害を大きくしたといわれています。特に湾内では、構造物による津波の流れの変化がおきやすいようです。
先生、いつも丁寧な回答ありがとうございます。
このような記事を見ると、合意形成がいかに難しいかを感じ取ることができます。
世間では、阪神淡路大震災の教訓が生きたのか生きないのか、という議論がされています。しかし、現実では、教訓・ノウハウという頭の中の問題ではなく、私はマンパワーの問題なんだと今では捉えるようになっています。