宮城県が気仙沼魚市場周辺に計画している防潮堤(海抜5m)は、景観や利便性への影響が大きく、8日の説明会でも合意に至りませんでした。賛否が渦巻く防潮堤問題を通して、行政が主催する説明会の課題が浮き彫りになっています。求められているのは、「説明」ではなく「話し合い」です。
この日の説明会には、周辺の事業者ら約50人が出席。宮城県気仙沼地方振興事務所水産漁港部から、津波対策の基本的な考え方、防潮堤の高さや位置、陸閘(出入口ゲート)、乗り越し道路について説明を受けました。いずれも3月の説明会とほぼ同じ内容ですが、防潮堤背後地の土地利用計画、防潮堤の位置を決めた理由も説明しました。
■気仙沼市の調査では「反対は1社だけ」
今回は、気仙沼市が「防潮堤が計画通り整備されないと、あまりに影響が大きい。ぜひ進めさせてほしい」と意思表明しました。その理由は2つあります。
1つは、背後地に立地する事業者の意向です。水産加工集積地の立地予定業者から聞き取り調査をした結果、20社のうち12社が「ぜひ造ってほしい」、6社が「必要だが悩ましい」と回答し、反対は1社だけだったのです。残る1社は「説明会に出ていないから判断できない」としています。立地予定業者は59社あり、海側の20社に電話で聞き取り調査したそうです。聞き取り結果は別紙2の通りです。
■無堤だと災害危険区域が南郷や新住宅地に拡大
もう1つの理由は、災害危険区域の拡大です。魚市場周辺に防潮堤を造らなかった場合の津波シミュレーションで、災害危険区域から外れていた南郷・田中前地区、赤岩舘下地区、土地区画整理でかさ上げする住宅用地が、レベル2津波(東日本大震災級)で浸水する結果になったのです。
このシミュレーション結果は分かりにくいかもしれませんが、レベル2津波は波長が長く、開口部があるとたくさんの水が入り込みます。魚市場から流入した津波が大川を超えて、南郷を襲うのです。大川にも堤防はできますが、それで防げる高さではないのだそうです。
■説明会では賛成意見無し
説明を聞く限りでは、計画通りの防潮堤整備は仕方がないかという雰囲気がありましたが、約2時間に及んだ質疑では、私が判断する限り、賛成意見は1つも出ませんでした。
質問したのは7人です。市の聞き取り調査が全社ではないこと、復興予算で地元負担が生じることへの不安、観光への影響、側溝からの津波流入など、さまざまな疑問が指摘され、魚市場で働く漁協の幹部職員からも「(現計画では)魚市場機能への影響大きい。もっと関係者と意見交換してほしい」との要望も出ました。みんな、疑問を解消できないまま合意することを避けたいようでした。
賛成意見はないのに、県が「概ね了承したと判断していいでしょうか」と締めくくろうとしたので、騒然となりました。県としては次のステップに進んで詳細な設計の中で、意見調整を続けようと思ったからでした。
漁協の幹部職員からの意見は特に重く、漁協と再度話し合うことになりました。その結果を踏まえて、再び説明会が開かれます。つまり、この日の結論は持ち越しになったのです。
※防潮堤のイメージ図
■5回目の説明会も不安解消されず
魚市場周辺の防潮堤計画に関する説明会は、25年10月、26年6月、12月、そして今年3月にも開催しましたが、当初から魚市場の利便性が低下することが問題視されていました。盛漁期に津波注意報が出て陸閘が閉鎖されれば、市場内が大混乱となる恐れがあるからです。たくさん出入りする漁船やトラックだけでなく、海を見に来る観光客への影響も避けられません。20mごとにアクリル窓を設置するとはいえ、年間100万人がや訪れた観光施設「海の市」と魚市場も防潮堤で隔たれてしまうのです。
3月の説明会では、議論の場がないことの問題も指摘されていました。結局、今回はその問題が再浮上してしまったのです。
■説明会で「合意形成」はできるのか?
気仙沼市は防潮堤に対する賛否が分かれているため、理解を得るため、説明会の内容は回を重ねるごとにレベルアップしています。当初の説明会の資料は設計図だけでしたが、いろいろと工夫され、模型も登場しました。気仙沼市が背後地の事業所に個別で聞き取り調査するのも初めてです。ところが、津波シミュレーションに関してだけは、一般市民が理解できるような説明は少なく、レベル1津波対応の防潮堤がレベル2津波を減衰させる仕組みはうまく伝わっていません。説明や質疑では難しいので、車座のよう話し合いの中で相手の表情を見ながら伝えることが大切です。
さらに、説明会を「合意形成の場」にすることの限界もあります。説明会は行政が主催し、基本的には説明したいことを説明した後、質疑の時間をとって、合意を確認してきました。賛否が分かれる場合は、計画を修正して説明会を繰り返し、最後はみんなが納得するか、どちらかが諦めるかして合意に至ります。
ところが、魚市場のように、地元に住民はいなく、地権者、市場利用者、背後地の事業所が多く、さらに水産関係者も観光関係者も入り混じっている場合、1つの結論に至るのは非常に困難です。こういうとき、議会ならは質疑のあとに討論を時間を設け、採決が行われます。説明会には討論も採決もないのですから、異なる意見を調整し続けることになります。時間がある平時ならいいのですが、いまは人も時間も限られている非常時です。従来の説明会とは別に、協議の場、意思決定の場が必要なのかもしれません。
■大島は復興懇談会で相互理解目指す
なお、大島地区では、気仙沼市商工課が事務局になって「浦の浜・磯草地区復興懇談会」を設置されました。結論が出ない防潮堤問題を中心に、大島架橋へアクセスする県道、新観光施設「ウェルカムターミナル」の合意形成を目指します。「急がば回れ」のことわざ通り、回り道の方が結局は早くなるような結果が期待されます。
先生、お早うございます。
先日、七ヶ浜町の農業団体の合意形成レポートを読みましたが、調整過程が非常に難しいことがうかがえました。関係者の資金力の寡多、異なる利害、そのすべてが時間軸によって変質します。その状況を読み解くことも大変ですし、どの自治体もそこを考慮した上でどう調整するかに苦慮しているかが、先生のレポートからもうかがえました。
そこで、基本的な質問ですが、災害危険区域では住居建設不可ですが商業施設はその限りではなかったように私は記憶しています。つまり、必ずしも防潮堤を作る必要がないように思うのですが、どうなのでしょうか。
災害危険区域と防潮堤の建設は必ずしも等号関係ではないのでしょうか。それとも南郷・田中前地区、赤岩舘下地区の問題が絡んでいるのでしょうか。
答えにくい質問と思いますが、よろしくお願いします。
災害危険区域は、住居、入院施設のある病院、保育所、宿泊施設の建築を制限しています。事業所、商業施設はもちろん建設可能です。
危険区域と防潮堤の関係ですが、レベル1対応の防潮堤とはいえ、レベル2津波の浸水域を減らす効果があります。気仙沼では東日本大震災で浸水した区域の2割が危険区域から外れました。
防潮堤を計画通り造らないと、この危険区域が拡大してしまいます。危険区域の内外によって住宅再建の支援が異なり、危険区域外からは原則として防災集団移転にも参加できません。何年もたってからの危険区域変更は影響が大きく、どの自治体もためらい、防潮堤計画を変更できない理由にもなっています。
例えば、気仙沼魚市場に防潮堤を造らないと、土地区画整理でかさ上げした幸町、危険区域から外れている南郷、田中前までレベル2津波で浸水するシミュレーション結果になったそうです。魚町・南町の防潮堤議論でも、高さを下げれば八日町まで想定浸水域が広がるという難題に苦しみ、可動式のフラップゲートを余裕高1m分に導入することで決着しました。
一方、唐桑地区などのよう背後地ががけ地のように地形では、防潮堤計画を変更しても災害危険区域はさほど変わりません。大島の小田の浜がレベル1防潮堤から原形復旧に変更され、鮪立、鶴が浦の堤防高を下げられたのも同じ理由です。
先生丁寧な説明をいつもありがとうございます。
魚市場防潮堤という名前だったので、私は魚市場のために防潮堤を作ると勘違いしていました。あくまで、後背地のためということなのですね。
危険区域変更のリスクが防潮堤計画に影響があることを初めて知りました。多くの情報を教えていただき本当にありがとうございました。